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2019年08月14日

孫の帰省記事は残すぞ!

大変だ!クーラーから水が漏れている
 「自分史」執筆を理由ブログを中断しているが、そんな言い訳など無関係に今年も孫はお盆の帰省で帰ってきた。今年は8月11日である。12時半にようやく玄関先に孫たちの声が聞こえた。ところが孫を迎える為、ばあちゃんが居間の掃除をしていたら、何と間の悪いことに、クーラーから水が滴り落ちているではないか。そんなに大粒の水でもないので水受けに床にバケッでも置いておけばいいではないか、と「このくそ暑い中、クーラーなしで生きれるか」と、穏やかに妻に助言したが、妻の答えは予想通りだった。「故障しているクーラーを使っていて事故でも起こしたらどうすんの」と、常識的な有り難いお言葉。常識人とは、争わない主義の私は、「出入りの電気屋さんに電話したら」と折衷案を提案した。これには妻も異論はなく、電話したがやはり「15日までお休みをいただいています」とのコール。やむなくクーラーのある私の部屋と続き間になっている座敷で昼食を取ることにし、とりあえず危機を脱した。こんな騒動のため、そうめんで手軽な昼食をすることになったが、麺類大好き人間のさっちゃんは大よろこび。兄ちゃんの身長が伸びたことや、運動会ではいつも断トツでビリの兄ちゃんが6月の運動会では抜かされることなく走り切ったことを話題に楽しい昼食になった。1学期の通知表も二人とも現状維持を確保したようだ。16時からいつものようにお勤めを開始した。今回から兄ちゃんと、さっちゃんに導師を頼んだが、二人とも上出来だった。17時からばあちゃんの指導で孫二人は、夕食の巻き寿司と握り寿司を作った。夕食後、祖父母と孫二人は例によってトランプ、花札、百人一首をした。孫は二人とも嫌がることなくゲームに興じていた。トランプの神経衰弱はやはり断トツでさっちゃんのが制した。
2日目の夕食は孫の手作りギョーザ
 翌日は祖父母は6時、孫たちは7時に起き、パン食で朝食。相変わらずの暑さで孫たちも室内で本を読んでいる。12時からの昼食もさっちゃんの好物の焼きそば。15時から16時までゲーム。16時からさっちゃんが導師でお勤め。16時からばあちゃんの指導でギョーザ造り。
 3日目は8時から1時間パパの指導で学習タイム。11時半から「丸亀うどん」でうどんやカツ丼で昼食。大型台風10号が近づいているという報道もあり、孫たちは午後4時過ぎに帰っていった。
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2019年07月17日

パーキンソン病エレジ―


『自分史』の執筆を理由に、ブログの更新を中断することを宣言してから2か月半
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パーキンソン・エレジー


 ブログの更新を『自分史』の執筆を理由に中断して、
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2019年05月01日

キッズランドと手料理

キッズランドと餃子・卵焼き作り
 孫の里帰り2日目は、8時から妻と二人で朝食。孫の家族は8時半に起床し9っ時から朝食。その後パパの管理下で自宅学習。10時半にようやく解放され、いつものスーパーのキッズランドにでかける。兄ちゃんは太鼓叩き。さっちゃんはトランポリンで休日を楽しんでいる。12時過ぎにキッズランドを出て一階食品街のうどん専門店で昼食。13時過ぎに帰宅。
 帰宅後、孫二人は近所の神社横のグランドで、サッカーの練習をしていたが、グランド側の池にボールを嵌めてしまったため帰ってきた。15時から17時まで昨年から孫の里帰りの課題になっている餃子作りと、卵の鳴門巻きに挑戦。二人とも料理作りが好きなのか7割程度の出来。17時からお勤め。17時半から18時半まで花札、トランプの後、自分の作った餃子と卵焼きで夕食。
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キッズランドと手料理➁

午前中はキッズランドで
 2日目は妻と私は8時に起床。孫の家族は8時半起床、9時朝食。朝食後はパパの指導する学習タイム。10時半にようやく自由の身となり、大手スーパー内のキッズランドに。さっちゃんはトランポリン、兄ちゃんは太鼓叩きを中心に休日を楽しんでいる。12時過ぎに食品街のうどん専門店でさっちゃんの大好きなうどん定食で昼食後13時帰宅。
 帰宅後、近所の神社で孫たちはサッカーの練習。池にボールが入りサッカーは中止。15時から17時まで昨年から孫たちの里帰り題となったギョーザ作りと、卵の鳴門巻き作りを実習。どちらの料理もほぼ完成の域に。17時から17時半までお17時半までお勤め。18時から19時過ぎまで自分で作った料理で夕食。
中学での兄ちゃんの部活が話題に
 孫の里帰り3日目。孫たちは8時半に起床し朝食。9時半から10時半まで自宅学習。10時半から11時半までじいちゃん、ばあちゃんと孫二人で百人一首とトランプ。兄ちゃんが読み手で百人一首をしたが、さっちゃんの読み手の方がうまかったが、兄ちゃんも下の句の暗記はよくできていた。
昼食はラーメンと冷麺の選択制だったが、孫二人はラーメンを選ぶ。
 孫たちは16時過ぎに帰るという。食後、兄ちゃんの中学での部活動が話題になった。兄ちゃんは吹奏楽・卓球・テニス・陸上競技などが希望だそうだ。また友達の間では、好きな学科のある私学などが話題になっているという。パソコンのキーボード操作も話題になり、ママが使うように勧め、兄ちゃんもその気になり、じいちゃんにメールを送ることを約束してくれた。こんな話をしているうちに時間になり孫たちは16時過ぎに帰っていった。
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まだ里帰りが楽しい孫➀

思いがけない10連休
 例年のGWの連休が今年は平成天皇の退位と、令和天皇の即位が重なり、思いがけず10連休になった。天皇の退位と即位にはそれほど関心はないが、孫の里帰りにどう影響するのか祖父母にはちょっと気がかり。結局、例年と変わらず里帰りは2泊3日になったが、贅沢は言えない。サッカーに熱中する6年生の兄ちゃんと、言い出したら聞かない4年生のさっちゃんである。「今年は加古川には帰らない」と言われたらそれまでなのだから。
 そんなこんなで4月28日の12時半、今年も孫たちがやってきた。
中味の濃かった初日
 相変わらずカレーの昼食でも喜んで食べている。手のかからない孫たちだ。二人ともよく食べるようになり、特に市長期に入る兄ちゃんの成長が楽しみだ。16時から17時まで恒例のゲーム、トランプ、花札、百人一首に祖父母と孫二人が興じる。百人一首では、初めてさっちゃんが読み手になったが、彼女らしく語尾までしっかりと読み上げていた。じいちゃん、ばあちゃんがさっちゃんの読み手をあまりに褒めるものだから、兄ちゃんが「俺も読みたい」と言い出した。お勤めの時間になったため、翌日兄ちゃんの読み手で再開することにした。17時からいつものようにお勤め。昨年から「正信偈」の後に私があげている「領解文」(信仰の決意表明)を孫たちも一緒に上げるようになったが詰まることもなく最後まで唱えていた。
「じいちゃんの名前知ってる?」
 18時からの夕食は、これも定番のすき焼きと刺身の盛り合わせ。昨年までと異なるのは、肉の量を3割増やしたが孫たちの食欲で完食したことだった。夕食後、テレビを見ながらくつろいでいる時、ちょっとした出来事があった。テレビの番組に関連してじいちゃんがさっちゃんに、「じいちゃんの名前知ってる」と聞くと、「知らない」との返事。「ばあちゃんは?」という質問にも「知らない」との返事。今度は兄ちゃんにじいちゃんの名前を聞くと、これが大当たり。ばあちゃんの名前は「知らない」との返事。孫たちの世話を一番してきたばあちゃんは、少しがっかりしたのか「ばあちゃんはばあちゃんでええんや」と自分を慰めていた。「その通り。一番苦労してきたのはアンタだ」と私もばあちゃんの言葉に納得した。
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2019年04月22日

25年ぶりに生歯で食事?

50歳で早くも総入歯  
 今日は私の人生で記念する日となった。何を大袈裟な!と言われるかもしれないが、高齢と呼ばれるようになって「喜び」などという言葉は、絶えてなかった私には、大袈裟ではなく、喜びと称される出来事に違いないのだ。
 そろそろ答えを言おう。私が生歯をすべて失い総入れ歯になったのは、50歳になる前のことだった。それ以来約四半世紀、私は味覚などとは、まったく縁がなくなり、食物(餌ともいう)と言われる食事で、この世を生きる惨めな人生を送ってきた。そんな私が味覚という宝物を取り返そうと密かに決意したのは、一昨年の秋ごろだろうか。最初に総入れ歯を入れて以来、何度か修理、作り変えで、凌いできた総入れ歯が、今回の痛みには、「持たない」と宣告されたのである。
歯床骨が入歯がではもたない
 医者の話しはこうである。総入歯が歯茎にピタリと収まらず、異物が入歯と歯茎の間に挟まり、痛くてたまらないと訴える私に、「長年の酷使で歯茎が痩せたため総入歯と歯茎の間に隙間ができ、歯茎にこすれるようになった。総入れ歯を新しく作っても、すぐに同じ状態が発生するようになるだろう、直すにはインプラントで歯茎と総入れ歯を固定してずれをなくすしかない、とのこと。
インプラントしかない
 味覚を取り戻したいという願いは我慢するとしても、インプラント治療をしない限り、これからは食事の度に激痛に耐えなければならないのは、いかにもつらい。インプラントで歯茎と総入れ歯の固定・密着が強固になることで、術後の味覚感はかなり回復するという。そんな期待も込めて、妻と相談して、一昨年秋にインプラント術をしてもらった。
 途中、埋め込んだ金属製のナットが折れるというアクシデントのため、上下の歯床骨に極小のボルト・ナットを埋め込み、それぞれの馴染み具合を調整して、インプラントが完成したのが4月23日。半年以上も遅れてしまった。この間、片道半時間要する歯科医までを妻の押す車椅子に乗せてもらい、何度となく通ったものである。
苦労をしてやっと手に入れたインプラントである。妻の友人は装着後何度も作り直しているという話も聞く。祈るような思いで義歯作成を担当した技工士も待機していよいよ装着である。まず下の義歯を装着。少しきつめに金属を調整しているためか、中々装着できない。ようやくカチッという音がして装着完了。特に違和感もなく調整の必要もな制する必要もなさそうだ。18時頃からいよいよインプラント歯による夕食を開始。まず最も使用頻度の高いご飯を口にする。「うん。問題なし!」。私はあの忘れていたご飯の得難い味覚を取り戻し、メイン総菜の天ぷらもこんな美味だったとは、とその味を噛みしめると、あの忘れていたご飯の味覚が口中に広がった。こうして私は味覚という、贅沢だが得難い宝を73歳にして取り戻したのである。
すると、あの忘れていたご飯の味覚が口の中に広がっていく。何とも言えない幸せな感覚だ。かなり高価な贅沢をしたようにも思うが、年老いて過去に失っていたものを回復したと考えれば、画期的な出来事と言わなければならない。
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2019年02月27日

デイと看取りの家


 前回の更新記事では、須磨区の「見取りの家」についての問題提起をした。続報は入っていないが、この問題ほど今日の日本社会が抱える問題が集約されているテーマはないと思う。最大の問題は、団塊の世代が75歳以上になる2025年問題である。
いわゆる高齢化問題である。その中で「高齢者がどこでどういう死を迎えるか」というのが「見取り」の問題である。
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2019年02月13日

デイに馴染んだ半年

馴染んだデイ生活
 昨年8月9日にデイに通うようになってから6か月が過ぎた。12月までは週に1回、木曜日に通所していたが、今年1月からは、週に2回、木曜日と土曜日に通うことにした。デイの通所に当たっては、早くから妻の勧めもあったが、介護保険の要介護保険の要介護度が「支援1」の最低ランクだったことや、デイサービスという集団生活に私が馴染めるか?という不安もあったため、入所を先延ばしにしてきたが、6月から要介護度が「介護2」に変更されたことや、デイの利用者の力強い味方であるケアマネのE氏と知り合い、4か所の施設見学の上、稲美町の「みどり園」の通所を決めた。
 幸い心配していたデイの集団生活に馴染めるかという問題も、好きなカラオケが自由に利用できることや、施設の許可を得てPCを持ち込み自分史の執筆も自由にできること、気の合うデイ仲間が二人もでき話相手にも苦労しないこと、ヘルパーさんとも親しくなりパーキンソン症状が出た場合も安心してケアしてもらえること、など何不自由なくデイ生活を楽しめるようになった。そこで通所開始から6か月経過して何とかデイに馴染めるようになった理由について検討してみたい。
 生涯通じて誰もがデイの世話になるとは限らないが、デイでの生活に馴染めるかどうかは、高齢者にとって重要
な問題である。いうまでもなくデイのお世話になるということは、それまでの人間関係や生活環境がまったく通用しない生活環境に身を置くということである。
デイは老いた自分の想像力が試される世界
 私がデイに行く木曜日も土曜日もその日坐る座席はほぼ決まっている。通路を挟んで隣のテーブルにある二人の高齢婦人席は、私の席から良く見える。園ではこの二人のため交替で1〜2名の専任の介護士を配置しているようだ。二人の重篤者は車椅子の背もたれを倒して寝ていることが多い。手間取るのは昼食だ。車椅子に座った患者に介護士がスプーンで食べ物を口に持っていき、二人の患者に交互にスプーンを運ぶ。ところが患者はすぐに寝てしまう。その都度、介護士が耳元で〇〇さ〜ん、お食事ですよ‘〜と叫んで口を開けさせ、わずかに開いた口に素早くスプーンを運ぶ。こんなサービスを1時間以上続けて、ようやく昼食が終わる。食べさせる方もたべる方も大変である。私が同じような状態になった場合のことを想像してみるが、二人の様子から、もしかして自分の状態について自覚がないのではとも思う。デイは老いた自分の想像力が試される世界だと思った。またデイは残酷な世界でもある。この婦人のように寝たきり状態の患者も、ほとんど健常者に近い患者も同じフロアで同じ同じ一日を送るのである。私は朝デイで自席に到着するたびに、真っ先に隣席の二人の婦人の様子を見るようになり、二人が揃うのを見てホッとして自分史の執筆にかかるようになった。
 それは私にとって新たにできたお二人との「縁」だと思うからである。最近、須磨区で民間業者が「みとりの家」を建てる構想が明らかになり、地元の反対でとん挫しているというニュースが報じられた。インタビューに答えて男性老人が「そりゃあ死を目前にした人と毎日顔を合わせたくないのは人情だろう」と答えていた。読者の皆さんはどうもわれるだろう。少し長文になったので続きは次回に譲りたい。
posted by 和道 at 17:46| Comment(1) | 仏教との出会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月03日

孫の帰省を更新A

隠れん坊と百人一首
 昨夜は家族全員が12時過ぎまで眠らず、揃って年越しをした。そのせいかいつも通り6時過ぎに起きた私を除き、誰も居間には出てこない。ようやくばあちゃんが7時に、さっちゃんが7時半に起きてきて、兄ちゃんが起きてきたのは8時半だった。それでも兄ちゃんは、前回泊まった時に約束した「雨戸をあける」のが兄ちゃんの仕事、という約束をを守って雨戸をあけていた。9時から10時過ぎまで新年を祝い、お節料理を囲んで朝食を取った。
 朝食後、やはり正月である。孫二人が「隠れん坊しよう」と言ってきたので三回やった。二回は私が孫を見つけられず、一回は孫が私を見つけられなかった。その後、ばあちゃんと母ちゃんを誘って、トランプの七並べと神経衰弱、最後に父ちゃんをやった後、読み手にとおちゃんがなり、百人一首をした。トップではなかったが、兄ちゃんが半分以上の下の句を覚えているのに驚いた。
お年玉顛末記
 昼過ぎ、さっちゃんが思い出したようにばあちゃんに向かって「お年玉は?」とつぶやいた。いつもなら朝食前に渡しているのに、すっかり忘れていたばあちゃんが、慌てて二人に渡していた。それから2時間ほどしてさっちゃんがとおちゃんに何事かささやいている。とおちゃんはばあちゃんに、「お年玉を使いたいと言っている」と声をかけ兄ちゃんとさっちゃんを連れ出かけた。
 2時間近くも経って、ようやく帰ってきた孫たちは、その場で包みを開いた。出てきたのは10センチばかりのラジコンセットだった。とおちゃんに手伝ってもらって半時間ほどかかってようやく組み立て、2~3回走らせたところで、おbjっパンが出来、お勤めタイムになり中断。お勤めに続く焼き肉の夕食と入浴で、結局思う存分ラジコンを走らせたのは、翌朝の朝食後だった。さっちゃんの呟きに始まる一連の展開は何だったのか。どうもさっちゃんの企てが臭ってならない。
3日目はゲームセンターと中華料理
 3日目も兄ちゃんの起床が9時になり、朝食が終わったのは10時半になる。孫たちに約束した大型スーパー内のゲームセンターには長男一家だけで出かけた。ゲーセンから帰宅したのが12時半、昼食をする予定の中華料理店には1時15分頃に着いたが、まだ店内には空席待ちの客で立て込んでいる。やっと6人が坐れる座敷が空き、昼食を終えたのが2時半を過ぎた頃。正月でコース料理が出来ず、単品で8種類ほど注文したが、孫たちが食べたのはさっちゃんがやきそば、兄ちゃんが焼き飯のみ。3時に帰宅し、4時には一家は帰っていった。じいちゃんばあちゃんの努力が報われない一日だった。
 「また5月の連休になあ」と叫ぶじちゃんの声が虚しく聞こえる。
posted by 和道 at 12:34| Comment(3) | 仏教との出会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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